本来、国民のニーズに応えて行政を行うわけであるが、個々の国民のニーズは必ずしも忠実に集約されたニーズとは限らない。かゆい所に手が届く行政が行われるものではなく、そこに齟齬が生じることは避けられない現実である。また、行政が公平に行おうとすればするほど、行政の行う基準と個々の国民の持っているニーズとの間に乖離が生じることも現実である。場合によっては、個々の国民を不当に侵害する可能性もあり得ることである。また、行政官の方も、とかく自分たちは間違いをおかさないという不可譲性の神話というものにとらわれて、しばしば独善主義的に事を進めていく可能性がある。場合によっては、私益あるいは省益を公益に優先して進めていくこともあり得ることである。そういう形で行政の過誤が発生する可能性がある。これは、政府が小さかろうと大きかろうと常に発生する問題である。この問題を解決するためには、政府と国民との間に中立的な第三者が介在することによって、そこに発生する問題を解決し、そして、行政を血の通ったものにする必要があるわけである。